活動レポート

深川江戸資料館で江戸の町を散策しながら3Rを考える

 

江戸時代から繋がる日本のSDGs

2024.12.30

実はリサイクルが徹底されていた江戸時代。天保の町並みを再現した深川江戸資料館を、久染先生と環境の視点で当時の生活の様子を聞きながら巡りました。
学習会では今と昔を比較して、「もったいない」をキーワードに大量消費社会とは無縁だった当時の生活を見て、パルシステムの取り組みと現代とも共通する内容や私たちにできる事を当時の生活を思い起こしながら一緒に考える企画となりました。

お江戸の町並みを散策しながら

再現された天保の深川佐賀町の町並み。この町は隅田川沿岸の町で、今でも江東区佐賀 1 丁目と2 丁目として存在しています。
まずは資料館に再現された町をそれぞれが自由に散策しながら、どこにSDGsのヒントが隠されているかを探し、その後で先生と一緒に江戸の町での暮らしやどんな部分がエコだったかについて、解説をしてもらいながら歩きました。

まずは館内を自由散策。SDGsのヒントはどこに?

長屋の路地を歩きながら…

「これかな~」

「いや、違うでしょ!」

 

(ヒント)「後ろの米蔵は漆喰でできていて、向かいの家の棒手振り政助さんが売っているようなあさりの貝殻が原料になっています」
「深川といえばあさり飯も有名でした…」

お江戸の町のSDGs

お江戸の町のSDGs

「古裂れ屋(こぎれや)はこれを担いで布を売っていたんです」

「この布を買って継ぎ接ぎや子どもの服などを作っていました」

 

実はこの布の模様、よく見ると「玉三郎」や「かまわぬ」などの遊び心が隠されてます。

当時は古着が主流。継ぎ接ぎをしながら使い続け、使えなくなったら雑巾にするなど、とことん使い続けていましたが、そんな中にもちょっとした遊びがありました。

「ここは長屋の共同スペースで、ここにもヒントがあります」

 

「トイレ!ごみ溜め!」

「正解!ごみ溜めには付ける事ができなくなった陶器の破片くらいしかごみは出なかったんです。紙ごみは燃料になり、生ごみも食べ切り骨も肥料になる。そしてトイレの糞尿も買い取られて畑や田んぼの肥料になります」

「でも収入は全部大家。現金や野菜になります」

 

「元々は長屋に住む人のですよね?(笑)」

「だから還元して大家が餅を配ったりするんです。これこそが餅代といわれる理由ですね~」

 

見学後は森下文化センターに移動して、江戸時代の生活やSDGsとの関連やパルシステムの取り組みとの共通点を学びました

江戸時代の生活は今のSDGsで振り返ってみると共通する部分が多くあります。「多くの人が簡単に始められるリサイクルの仕事(1貧困をなくそう)」「糞尿やごみが買い取られ衛生的な町になる(6安全な水とトイレを世界中に)」など、当時の3Rの取り組みが結果的にはヨーロッパと比べても衛生的な町になっていました。

 

パルシステムの取り組みもその時代の生活が発展した形ともいえるかもしれません。配達の時に出すリユース・リサイクル品はトイレットペーパーへのリサイクルや、洗びんなどの仕事になり、「安全な水」は今では当たり前だと思われていますが、逆に石けん運動やプラスチックごみによる川や海の汚染対策など、新たな問題への取り組みが必要となっています。「もったいない」の視点からは、食品ロスを減らしたカスタードプリンや茎が長めのブロッコリーの開発なども。形は変えてもやはり江戸当時の現代版の取り組みと考えられるのかもしれません。

 

「お江戸から続く問題が実はあります。それはごみの埋め立て地のあとちょっと問題。埋められる量は東京都であと残り45年といわれています」

「だからこそパルシステムのリユースやリサイクルを。配達の時に出す米袋やまとめ袋も建築資材などになります」

 

(リサイクルされた建築資材のサンプル)


【追記 まとめより】

江戸時代がリサイクル社会になった理由は、家康公自身が質素倹約を心がけた生活をしていたからこそなのかもしれません。

庶民にも「もったいない」の考え方が自然に受け入れられ、循環型社会が築き上げられた可能性がありますが、大量消費社会となった今の日本では、ごみの発生量増加や食品ロスなどSDGsに関連する問題が多くあります。

江戸時代のSDGsをヒントに「もったいない」の発想で考えると何か見付かるかもしれませんね。

 

~参加者の感想~
「物を大切に長く使おうと思った」、「江戸時代の生活を現代に応用するとヒントがあるかも」「一人ひとりの取り組みが大切だと思った」などのさまざまな感想をいただきました。